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恩師の退任

執筆者の写真: Shinichi ShimaderaShinichi Shimadera

数年前のこと、突然午後を休診にして東京時代の恩師の退任パーティに行ったことがありました。その先生は私が小児外科医を目指して初めてお世話になった専門施設国立小児病院(現国立成育医療センター)外科の上司、中野美和子先生でした。その当時から年齢不詳だったのですが、その時ようやく分かりました(笑)。

私は学生時代から小児外科を志し、国立小児病院に何度か見学に行っていました。そこで聞いた3年間のレジデントコースに私は早々に手を挙げていたのですが、わずか1人しか枠がない狭き門のため、なかなか思うように順番が回って来ず、ドクター4年目にようやく希望が叶い、小児外科専門医への本格的な修練を始めたのです。

私が中野先生に出会って最初に言われたのは、「ここでは点滴、採血は教えないから、出来るようになってから来なさい」でした。

私が卒業した滋賀医大には岐阜大学(当時)と同じく小児外科という独立科目はなく、一般外科の中に小児チームがあるのみでした。そこへ何の因果か医師になり最初に入った訳ですが、小児外科症例は少なく、当然点滴採血のチャンスも少なく、その基本技術の習得には難渋しました。時間を見つけては東京まで行き、仮眠室に寝泊まりして、当時のレジデントの先生に付いて点滴採血の手技を盗んだものでした。

ある時、手術の見学をさせて頂いていた時に助手で入らせて頂くことになりました。その手術は鎖骨下静脈からカテーテルを挿入する手術でしたが、中野先生は一言、「嶋寺先生、やって」でした。さらにその時言われた一言、「大人も子供も一緒だから。」が今も忘れられません。もちろんまだ研修に来ることも決まってない単なる研修医でした。結果的にその時の先輩レジデントのサポートもあり、上手く手技が出来たのですが、その時に何とかこの世界でやっていく自信がついたことは確かです。

その後、3年間のレジデントコースを終え、晴れて小児外科専門医を取得して滋賀医大に戻った私に更なる試練が待っていたのですが、その時も中野先生はわざわざ滋賀まで来て助けて下さいました。結局その時の症例がきっかけで医局を京都府立医大に変わり、博士号を取り、草津総合病院を経て、岐阜での開業に至る訳ですが、中野先生は私の小児外科の原点であり、恩師であり、キーマンでした。退任パーティも突然の電話で「先生、久しぶり。今度私の退任パーティがあるのだけど、先生も来てくれない?」の一言でした。私は、うんもすんもなく(やや古い表現か)、「はい、喜んで」でした。

ご自身の退任パーティの直前まで新生児のオペをされて来られ、退任後何をされるのか全く語られなかった中野先生は今でも不思議な魅力の持ち主ですが、つい先日会った時は、「私今神戸にいるのよ、便秘のメーリングリストに先生も入る?私の言う通りに治療すれば患者いっぱい来るよ」とお元気そうでした。


まだまだ忘れられない語録があります。

「患者はあなた達の子供だと思って治療しなさい」

「子供は年頃になると親に話してない心配事をあなた達に聞いてくるかも知れない、その時の答えは常に用意しておきなさい。」

「年頃の女の子は彼氏と一緒に病院に来るかも知れない、その時も何を話すのかも準備しておきなさい」

中野先生は手術が好きで、鼠径ヘルニア手術は最速わずか4分、お酒が好きで、患者が好き、そして患者さんからも慕われていた。そんな小児外科医に私もなりたいです。

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