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「羅針盤」を読んで
作者不明のとあるコラムにふと目をやった。小さな文章に感動したので記録を残しておくことにした。以前のブログにも書いたが、私は昔は国語が嫌いでした。それはきっと答えが一つに決まらないから、と自分勝手に分析していた。それは間違い、勘違いであると今にして思う。私に足りなかったのは「経験値」だったのである。

Shinichi Shimadera
7月1日読了時間: 2分
命の最前線
先日とある新患の新生児が茶色い嘔吐をするという主訴で来られた。嘔吐は一回、でも吐き方が変だと母親はいう。一通りの診察をして腹部レントゲン撮影となった。見た瞬間にピンときた。これはもしかしてあの疾患か。手術になるかも。こんなふうに外来を展開している。有名な疾患、有名な手術でも、外来初診から診断に至る道筋は地味なものである。自分が見逃せば、患者さんは病魔の地獄へ落ちる。適切に検査して診断して、これ以上は病院紹介が必要。そんな気持ちで日々診療をしている。
重要な疾患が隠れている時、私の心のベルは鳴る。それはあたかも仏が叱咤激励してくれているようだと私は感謝する。

Shinichi Shimadera
6月17日読了時間: 3分
「蜘蛛の糸」の真意
人生の中で、富士山の頂上を頭上に目指して登っている途中は瓦礫だらけ、でも山頂に登って頂上を眼下に見下ろせば周囲が見渡せて、きっと次に目指す先、お浄土の場所も明確に見えてくるのではないだろうか。大事なのはその山に一緒に登ろうと誘ってくれた人に感謝して、ついて行くことがまずは肝心なのだろうと思う。

Shinichi Shimadera
6月10日読了時間: 3分
「生類憐みの令」を考える
バイトとはいえ見ず知らずの初対面の人の命を奪う、そんな闇が日本中を震撼させる出来事が後を絶たない。殺生は人間の性(さが)なのか。
人間は毎日殺生をする。食物連鎖の頂点にいるから生物学的には仕方のないことかも知れないが、はたと気が付けば人間は悪事ばかり働いていることになる。医療で人助けをする傍らで三食殺生し、自分の命を繋いでいる。そんな自分を時に責める。
世の中は善悪で出来ている。仕事が善なら丁度いいが、仕事が愚痴だらけだと、仕事も悪、食べても悪で良いことは一切なくなってしまう。もちろん人間生きてる限り悪事ばかり働くと言ってしまえばそれまでだが。
虫が出れば虫退治、そうでないと刺されて腫れて、アナフィラキシーを起こせば命を奪われかねない地獄を見る。やはり万物の霊長の人間も弱肉強食の中にいるのか。
退治した虫が亡き父母や祖父母の来世の姿かも知れない。心配して寄って来ただけなのに、自分はそんなこと気に留めず、退治。それでいいのだろうか。

Shinichi Shimadera
5月31日読了時間: 2分
子どもは寂しいと痛くなる
今日も無事手術が終わった。手術が終わって親さんから質問を受けた。「痛くないのですか?」と。しかし何故かしら親に抱っこされていると大人しくしている子がほとんどである。親といると安心するのか、家に帰ると安心するのか、安心すると薬なんかいらなくなるのか。そんな錯覚さえ覚える。全ての年代で不安の多い現代社会を生き抜くには安心できるものを備える必要があるが、それは地位や名誉や財産ではなく、もっと温かい命の根源な気がする。人生とはそれを探す旅なのだろう。

Shinichi Shimadera
2月15日読了時間: 2分
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