手術とは病気を切って治すという現代医学の技術の集積ではあるが、人が一生に一回受けるかどうかのものである。中でも小児外科の手術となれば、その確率はさらに下がる。
先日、研修医の先生と一緒に手術をした。指導をしながらなので、いつもの倍の時間がかかり、体力は4倍消耗した。語弊があるかもしれないが、助手が医学を知っていると、手術はやりにくくなる。なぜならお手伝いをしようと思って不用意に動くからである。
小児外科の傷は1-1.5cm程度が多い。指一本も入らないから、小児の手術のほとんどは鉗子という道具を使って行うことになる。一本線のメスの傷を広げる(展開する)ために、奥の組織を摘んで、時計の12時、3時、6時、9時の方向に引っ張れば、中央部分は隙間が出来、そこで手術が出来る。丁度、組紐を編むみたいな展開になれば、中央部分に視野は開ける。組紐の糸もコマに巻かれた状態で、必要な時にだけ動く、それ以外はただぶら下がっているだけ。手術も同じで、助手は動いてほしい時だけ動いて、あとはじっと止まって動かない。それが優秀な助手の証とされる。
若い時に先輩から「手術は一人でするものだ」と教えられた。鉗子で組織を摘んで手を離せば鉗子は重みで組織を引っ張りながら固定してくれる。つまり助手は重力の持ち主の地球でもいい。それが小児外科手術の奥義でもある。
ただ動かないだけでは助手は人間である必要はない。だからやはり助手は知識がないと務まらない。これでは先に書いたことと矛盾するかもしれないが、こういったことを全て含めて助手は知識が必要である。
また過日、クリニックを休診にして学会出張をさせて頂いた。今更ながら医学は進歩していると実感した。小児外科に於いても、知識の集約、術式の開発はほぼ終わり、今はいかにそれを標準化するか、いかに若手に教えるかという時代になってきた。
私も毎週クリニックでオペを行なっているが、きちんとデータを集積して世に発表しなければならないと実感している。町医者ながら学会発表や論文投稿が出来れば、医師としては本望である。そんな研鑽を積む土台をいただき、そこへ訪れる患者様がいて下さる。そんなクリニックを建てられたことに感謝する日々である。
Comments